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裁量労働制とは?対象職種やメリットデメリット・注意点を解説

働き方の多様化にともない近年注目されているのが、労働者自身の裁量で労働時間と仕事の手順を決定する「裁量労働制」という就労形態です。

裁量労働制は、従業員のワークライフバランスの改善を図りながら、労働生産性を高められる働き方として、導入を検討する企業が増えています。しかし、導入手続きや従業員の適用要件が分かりにくいために、導入に際し戸惑う企業があるのも事実です。

そこでこの記事では、裁量労働制の概要やメリット・デメリット、適用要件、労働基準法との関連、課題と未来について詳しく解説します。実際の導入事例も紹介しますので、自社で導入を検討する際にお役立てください。

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目次

裁量労働制の概要

裁量労働制の概要
裁量労働制の概要

裁量労働制とは、労使間であらかじめ定めた時間を働いたとみなし、それに相当する賃金を支払う制度で、適用される業務の種類により「専門業務型」と「企画業務型」の2種類に分かれています。

ここでは裁量労働制の概要と種類、歴史について解説します。

裁量労働制とは何か?

裁量労働制とは、あらかじめ決められた時間を働いたとみなし、賃金を支払う制度です。働いた時間ではなく、労働の成果と質に対し評価を行うことが特徴です。

本来は技術職や研究職など、職務により実働時間を確定しにくいケースに対しても、労働環境が守られるために整備された制度です。例えば、みなし労働時間が8時間として、実際の労働時間が2時間でも9時間でも、8時間分の賃金が発生します。ただし労働時間は原則、労働基準法上の上限時間を超えてはなりません。

裁量労働制は1988年に誕生し25年の歴史を持つ制度ですが、働き方の多様化により近年見直されています。特に研究・開発職や設計、デザイン関連など、専門性が高く業務成果を時間で計れないケースでは、通常の1日8時間労働の枠組みが適切ではないとして、裁量労働制が採用されるケースが増えています。

裁量労働制では従業員が自らの裁量で業務計画を立て、結果を出すため、運用次第では生産性が大きく向上する期待が持てる制度です。

裁量労働制の種類

裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があります。

「専門業務型裁量労働制」とは、業務の成果により労働時間の違いが生じる職種に対して適用される体系です。主に研究・開発職など、業務の遂行プロセスが決められておらず、企業側が労働時間を管理することに適さないケースがこれに該当します。

一方の「企画業務型裁量労働制」とは、事業の運営に関わる企画・立案、調査などに当たる職種に適用される体系です。組織の運営には主体性が必要とされるため、従事者は研究・開発職と同様に、仕事の手順や時間配分に制約のないことが望ましいとされます。そのため、企画・立案・調査に従事する労働者の知識やスキルを、制約なく活かせる労働環境を整備するために設けられたのが「企画業務型」です。

2つの裁量労働制にはそれぞれ適用要件と制限があるため、後述します。

裁量労働制の歴史と背景

日本における裁量労働制の歴史は、1987年の労働基準法改正の際に、成果と報酬を対応させる制度として導入されたことに始まります。当初は制度の対象を研究開発職などに限定しての導入でした。

次いで1998年の労働基準法改正の際には、事業の運営に関する企画・立案・調査・分析の業務も裁量労働制の適用業務に追加されました。

昨今は、IT化やワークスタイルの多様化にともない、裁量労働制が改めて注目されています。労働者の働き方の自由度を高め、労働時間の削減や生産性の向上を目指す制度として、経済界からさらなる適用拡大と活用が期待されているのです。

実は2018年の働き方関連法案決議で、政府は裁量労働制の対象業務拡大を盛り込む予定でした。しかし「裁量労働制の労働者の方が労働時間が短いとのデータがある」と結論付けた根拠である調査データが不適切だったと判明し、適用拡大は頓挫したのです。

2019年4月施行の「働き方改革関連法」では、裁量労働制の適用拡大は見送られました。それでも、労働裁量性と労働生産性との関連についての研究と検討が継続され、2024年4月施行の改正法では、制度の適用と運用に関する変更が盛り込まれています。

裁量労働制のメリットとデメリット

裁量労働制のメリットとデメリット
裁量労働制のメリットとデメリット

裁量労働制には、企業と労働者それぞれにメリットとデメリットがあり、概要を次の表にまとめました。

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メリットデメリット
労働者・業務時間を自分で調整できる
・自己管理能力を高められる
・業務達成までの時間の自己管理が必要
・長時間労働や過労の恐れがある
企業・専門職の労働生産性を高められる
・賃金計算負担が減る
・労働時間管理、労働者の健康管理、苦情処理への責任が生じる
・労働者のマネジメントが複雑化する

このあと詳しく解説します。

労働者にとってのメリット

労働者にとっての裁量労働制のメリットは2つあります。

1つ目は、業務時間と仕事のペースを自分で調整できることです。自分の裁量で仕事を配分できるため、上手く調整できれば仕事の効率化と業務時短ができ、仕事と私生活との両立が容易になる可能性が高いといえます。

2つ目のメリットは、自己管理能力を高める機会が増えることです。仕事において他者の管理を受けることが少ないため、自己管理能力が高まり、自身の専門性に集中できます。結果的に職務スキルの向上にもつながります。

ワークライフバランスが整い自己管理能力の高い従業員は、自社へのエンゲージメントが向上し、生産性の高い人材となることが期待されます。

労働者にとってのデメリット

裁量労働制には労働者にとってデメリットもあります。

1つ目のデメリットは、業務の達成にかかる時間を自己管理しなければならない負担が増えることです。他者から監視・命令されない代わりに、自身で時間と成果へのプロセスをマネジメントしなければなりません。それだけにプレッシャーも大きくなります。

2つ目は、不適切な業務管理により、長時間労働や過労につながる可能性があることです。効率よく業務を終えられれば問題ありませんが、想定外に時間がかかる業務が続いた場合には過労状態になり、健康を害するリスクもあります。

3つ目は、裁量労働制には時間外労働がなく、長時間の労働になっても割増賃金が得られないことです。一部の特例を除き、裁量労働制では時間外労働に対する報酬はありません。

裁量労働制へ移行する際に、労使間でみなし労働時間などについて適切な設定が行われていないと、労働者の不満にもつながるため注意が必要です。

企業にとってのメリット

裁量労働制は従業員だけでなく企業にとってもメリットがあります。

まず、専門職を中心に労働者の生産性を高められる点です。時間の制約を受けず職務を遂行できるため、自己管理能力のある専門職従事者は生産性がより高まることが考えられます。

また、企業は裁量労働制により賃金計算の業務負担が軽減されるため、業務の効率化を図ることが可能です。人件費の把握が容易になり、予算が立てやすくなります。残業代の支払いも削減され、事業運営がスムーズになることが期待されます。

さらに裁量労働制を採用していることで、自由な働き方を社外へアピールすることも可能です。これにより専門性の高い職制の人材募集で有利に働くことも大きなメリットです。

企業にとってのデメリット

一方で裁量労働制には企業にとってデメリットもあります。

まず、労働時間と業務の配分を労働者に任せるため、労務管理は困難です。企業は労働者の健康管理や苦情処理に対する責任を負わねばならず、労務管理は企業にとって新たな負担です。

また労働者の働き方が多様化するため、業務上のマネジメントが複雑化する可能性もあります。制度を運用するうえで、非該当職種とは異なる給与体系と労務管理を必要とするため、導入当初は混乱もあるでしょう。

企業側にとっての大きなデメリットとして、導入の手続きの煩雑さが挙げられます。制度の導入には企業側と労働者側の代表がさまざまな協議を行い、自社の規定などについて詳細に定め、届け出を行うことが必要です。

また、制度を導入したものの、労務管理がうまくいかず労働者の長時間労働が常態化してしまうと、社内からの苦情やブラック企業との風評被害が出ることも考えられます。

こうしたデメリットを乗り越えて裁量労働制を適切に導入・運用するためには、正しい導入手順を踏まえることが必要です。

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裁量労働制の適用条件

裁量労働制の適用条件
裁量労働制の適用条件

裁量労働制を導入するためには、企業や労働者が満たすべき条件と要件があります。ここでは、労働者に適用できる条件と、企業が裁量労働制を導入するための要件について、それぞれ解説します。

労働者に適用できる条件

裁量労働制の適用対象となる労働者は、主に、自分の裁量で業務の計画・実行が可能な専門職に限定されます。適用対象者には一定の知識・経験を有することが求められ、指定の資格保持者であるなどの条件が定められている場合が多いです。

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専門業務型企画業務型
職種・新商品・新技術の研究開発
・情報システムの分析・設計
・新聞・出版・放送番組の制作取材・編集
・ファッションデザイナー、インダストリアルデザイナ-、グラフィックデザイナー
・放送番組・映画などのプロデューサー、ディレクター
・コピーライター
・システムコンサルタント
・インテリアコーディネーター
・ゲームソフト作成者
・証券アナリスト、金融商品開発者
・大学研究者、大学教授
・公認会計士
・弁護士
・建築士
・不動産鑑定士
・弁理士
・税理士
・中小企業診断士
以下のすべてを満たす業務
・事業の運営に関わる業務
・企画、立案、調査、分析業務
・業務の遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要がある業務
・広範な裁量が労働者に認められている業務
導入方法・労働者と使用者の協定・労使委員会の決議
2024年4月改正法における変更点※・M&A関連業務が適用業務に加わる
・対象労働者の個別同意が必要となる
下記要綱の追加
・労使委員会に賃金と評価制度を説明する
・労使委員会は制度の実施状況を把握し運用改善を行う
・労使委員会を6ヵ月以内に1回開催する

※「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」(厚生労働省)より抜粋

2024年4月から「専門業務型」の対象業務に、銀行・証券会社の合併・買収に関わる調査・分析・助言業務(M&A関連業務)が追加され、運用上の改正点があるため留意してください。

裁量労働制を適用できる労働者の条件は、上記の職種に常態的に従事している労働者に限定されています。そのため、該当しない職種の従業員が裁量労働制を希望しても、移行することはできないほか、企業側から非該当職種の従業員に適用することもできません。

また、上記の業務に従事していても、ほかの業務との兼任が認められない場合がある点にも注意が必要です。

参考:厚生労働省 専門業務型裁量労働制
参考:厚生労働省 企画業務型裁量労働制

企業が裁量労働制を導入するための要件

企業は裁量労働制の導入に先立ち、労働基準法などの法令に基づき、労働者の健康管理の方法や、労働時間管理の体制を整備する必要があります。

専門業務型の導入には「労使協定」を締結し、裁量労働制の取り決めを労働基準監督署長に受理される必要があります。

労使協定においては「制度の該当業務」「業務遂行に手段・時間配分などの指示をしないこと」「労働時間としてみなす時間」「健康・福祉を確保する措置の内容」「苦情処理時の具体的な措置内容」「協定の有効期限」などを定めることが必要です。

企画業務型の導入には、企業側と労働者側の代表による「労使委員会」を設置し、協議の取り決めを労働基準監督署長に提出し、受理されなければなりません。

この際に労働者側の代表委員の人数が全体の半数を占める必要があります。さらに裁量労働制の決議は、出席労使委員のうち5分の4以上での決議が必要です。

「専門業務型」「企画業務型」のいずれも、内容を労働者へ十分に周知し、合意のうえで労基署長へ届け出ることとされています。もし周知のプロセスに不備があると、制度を受理されない可能性もあるため注意が必要です。

裁量労働制と法律

裁量労働制と法律
裁量労働制と法律

裁量労働制は労働基準法に定められた制度であるため、導入は法に基づいて行われる必要があります。ここでは、裁量労働制が準拠する法律について、制度の法的枠組みと労働基準法上の主要な関連条項、法による労働者保護について解説します。

裁量労働制の法的枠組み

裁量労働制は、労働基準法第38条に基づく制度であり、法令に基づいて導入と運用をされなければなりません。

まず制度の導入には、専門業務型・企画業務型それぞれに労働者の同意が必要です。同意を得るための協議など、必要な手続きを経て条件を満たしていなければ、制度が監督省庁に受理されず、制度の導入は認められません。

また労働時間の管理を労働者に委ねるため、制度の導入に際しては、過剰労働による健康被害や苦情に対応するための労働者保護措置を整備し、周知することが法により定められています。

裁量労働制と労働基準法

「労働基準法」とは、労働時間などの労働条件の基準を定めた法律であり、労働者の健康と福祉を保護する目的で制定されているものです。裁量労働制も、労働基準法の枠組み内で運用されます。

労働基準法で裁量労働制に関わる部分としては、労働時間、休憩、休日などについて定める次の条項が該当します。

  • 労働時間は1週間に月40時間まで、1日8時間までとする
  • 毎週最低1回の休日(法定休日)を与える
  • 原則として時間外労働は月45時間、年間360時間までとする
  • 時間外労働や休日労働をさせる場合は36協定を結び労働基準監督署に届け出ること
  • 時間外労働、休日労働、深夜労働を命じた場合は割増賃金を払うこと
  • 6ヵ月以上勤務で8割以上の出勤がある場合は10日の有給休暇を与えること

時間外労働の概念が存在しない裁量労働制においては、労働者保護の観点から次の特例が設けられており、該当する場合は割増賃金が発生します。

  • 22時以降翌朝5時までの間に労働した場合
  • 法定休日に労働した場合

制度を適切に運用し労使間のトラブルを防ぐためには、こうした特例の適用を含め、制度導入前に労使間で十分な協議と同意が行われる必要があります。

裁量労働制における労働者の権利と保護

労働時間の管理が労働者に委ねられる裁量労働制においては、労働者の健康と安全を保護する措置が必要です。

まず、労働基準法に基づいた労働時間の上限、過重労働の防止、必要な休憩時間と休日の確保などが求められます。裁量労働制における労働時間の上限を定めるほか、休日や時間外手当についての規定を、労使間の協議で設けることが必要です。

具体的には、労働基準法上の休日(最低週1回、4週4日以上を付与)を定めるほか、1日のみなし労働時間を8時間以上とする場合、労働基準法第36条に定める「36協定」の締結が必須とされます。36協定では特別な事情がない限り、月45時間、年間360時間を超える時間外労働があってはならないとされ、違反すると罰則が科されるため注意が必要です。

このほか、企業は対象労働者の「健康および福祉を確保するための措置」を定めることとされています。具体的には、勤務状況の把握、相談窓口の設置や健康診断の実施、勤務間のインターバル(休息時間)設置、必要に応じた休暇の付与などが挙げられます。

裁量労働制の導入に際し、企業はこうした措置があることを従業員に周知することが求められるのです。

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裁量労働制の現状と課題

裁量労働制の現状と課題
裁量労働制の現状と課題

裁量労働制にはさまざまな課題があり、制度の導入と適切な運用のためにはそれらを解決しなければなりません。

ここから裁量労働制の課題について、導入状況、過労や健康問題、公平性と透明性の視点で解説します。

裁量労働制の導入状況

裁量労働制の導入状況として、主に専門職を対象としているケースが多い傾向です。ただし業界や業種で統一して導入されているわけではなく、企業によっても導入状況が異なります。

公益財団法人日本生産性本部が2021年に実施した「裁量労働制の導入状況」調査によれば、裁量労働制を導入している企業は9.6%。そのうち専門業務型の導入企業は7.1%、企画業務型の導入企業は0.5%となっており、企画業務型よりも専門業務型の導入が進んでいる状況です。

専門業務型裁量労働制が実施されている対象業務の多数回答は「新商品・新技術の研究開発、科学研究」が91.9%、「情報処理システムの分析・設計」で43.2%、「デザイナーの業務」が27.0%です。

一方、企画業務型裁量労働制の導入で対象業務として多いものは経理財務部門が90.0%、次いで人事部門80.0%、総務部門60.0%、そのあと広報宣伝部門と購買部門が50.0%の回答でした。

上記以外での導入は、現在のところ進んでいないのが実情です。

労働者の過労と健康問題への影響

企業が裁量労働制を導入する際には、労働者の健康管理が求められます。不適切な業務管理や長時間労働により、労働者の健康問題が発生するリスクがあるためです。

具体的には、年次有給休暇の連続取得の促進や代償休日の付与、健康診断の実施および産業医による助言指導などの措置を講じることが必要です。

さらに2024年4月からは「勤務間インターバルの確保」「労働時間の上限措置(一定労働時間を超えた場合に制度の適用解除)」などの項目が追加され、労働者の健康確保をより重視する内容となりました。

裁量労働制を適切に運用するために、健康管理体制の整備と労働者への健康教育がいっそう求められるようになるのです。

裁量労働制の公平性と透明性についての問題点

裁量労働制における法律上の問題点は、労働者と企業間に情報格差が生じ、公平な労働条件の確保が難しくなる可能性があることです。

前の「裁量労働制の導入状況」調査において、企画業務型裁量労働制を導入しない理由に挙げられたのが「(対象者と非対象者の混在により)職場の管理が煩雑になる」が52.4%、「対象者を特定しにくい」が47.9%でした。

これらのデータから、裁量労働制の対象者と非対象者間の処遇に関する公平性の問題が導入のネックになっていることがわかります。

また「法律の手続きが煩雑」との回答も35.8%見られることから、労働者管理の方法の規定づくりと届け出、および労使間の同意の難しさといった問題も、制度の導入に踏み切れない背景にあるようです。

裁量労働制の実際 – ケーススタディ

裁量労働制を導入した企業の中には、成功した企業もあれば失敗した企業もあります。ここから、導入の成功事例と失敗事例それぞれについて紹介します。

企業が制度導入に成功・失敗した理由も解説しますので、自社での導入のヒントにお役立てください。

成功事例

トヨタ自動車株式会社

「トヨタ自動車株式会社」では、働き方改革の先進企業として早期に裁量労働制を導入するなど、人事制度改革や賃金体系の変革に取り組んでいます。

昨今の自動車業界では劇的な技術革新が進み、同社では従来の知見や常識が通用しないと判断。個々の従業員の創造性を発揮させるべく、裁量労働制の導入を決定しました。制度を厳格に運用するために、適用対象者を管理職手前の一部職層に限定しています。

また、パソコンの起動時間で労働時間を算出し、労働時間が一定時間を超えた場合と、休日出勤が一定の時間を超えた場合に、制度の適用を解除する対応を実施。制度の柔軟な運用を行うことで労働者の保護を徹底し、制度を健全に運営している点がトヨタ自動車の特徴です。

(出典:トヨタ自動車株式会社

富士通株式会社

「富士通株式会社」でも、複数の労働形態のひとつとして裁量労働制を取り入れています。同社では行政による働き方改革が打ち出される以前の2010年から在宅勤務を取り入れるなど、長年にわたり多様な働き方を実践しています。

同社では2017年にテレワークを導入するにあたり、裁量労働制を始めとする複数の制度について、ルール整備を入念に行いました。また、ICT環境の整備とともに、eラーニングやレクチャーにより働き方改革に対する従業員の意識改革も実施。制度を従業員へ十分浸透させたことにより、従業員の自律性が高まり生産性向上効果を得られています。

(出典:富士通株式会社

株式会社NextDoor

IT・DX事業を展開する「株式会社Next Door」では、2019年の働き方改革以前から裁量労働制を導入し定着しています。

従業員は設けられた、みなし残業時間を超えることなく、年間休日(127日)も取得。個々の実質稼働時間が短くても、協力体制・チームワークができているため業務を回せています。急な仕事依頼や、有能な従業員に仕事が集中するような場面でも、会社でワークフローや役割分担で配分するよう配慮。従業員も「目標設定や調整能力が身に付く」「家族との時間が作れる」など、働き方に満足している者が多いです。

同社の成功要因は、全社で「皆で協力し皆で早帰りする」という目標を掲げ、皆で効率を上げるべくお互いを配慮できるチームワークが構築されていることです。

(出典:株式会社NextDoor

失敗事例

裁量労働制の成功事例を見てきましたが、一方で導入・運用に失敗している企業もあります。運用の失敗は場合により、労使間のトラブルから裁判に発展することもあるため注意が必要です。このあと具体的な失敗事例を紹介します。

ケース①

1つ目の失敗事例は、無資格で専門業務型裁量労働制の該当業務(税理士)の補佐を行っていた従業員に関するものです。該当従業員は専門業務型裁量労働制に適用されていましたが、未払い割増賃金が発生し、支払いを求め会社を起訴していました。

無資格で該当業務に従事していたにもかかわらず、裁量労働制で処遇されていた点について、裁判所は「対象の税理士業務は資格登録された者による」と判断。判決では会社側へ未払い割増賃金の支払いが命じられました。

ケース②

2つ目の事例は、システムエンジニアの従業員がプログラミングと営業を兼業したことで、過剰労働が発生したケースです。該当従業員は未払い割増賃金の支払いを求め起訴していましたが、非現実的な納期設定やノルマおよび「拘束性のある具体的な指示」があったことから、裁判所は「裁量労働制対象外の業務」と判断しています。

さらにこのケースでは、上限を超える時間外労働があったにもかかわらず、健康確保の措置がなかったことも判明。専門業務型裁量労働制の不当適用として、判決では会社側に未払い割増賃金の支払いが命じられました。

上記以外にも不適切な制度運用の例として、裁量労働制の対象でない営業職員に制度を適用し、みなし労働時間では終わらない多量の業務を課した事例などがあります。

こうした事例の失敗原因は、企業側が裁量労働制の適用対象でない業務に適用していたこと、導入時に従業員へ十分に周知がされていなかったことです。2つ目の事例には、労働者に対する健康確保措置が未実施という不備もあります。

自社で裁量労働制を検討する際に重要なポイントは、対象業種を把握し適切な適用をすることに加え、労務管理を徹底することです。また、導入前に自社の規定について労使間で十分な協議を行い、同意を得ることが不可欠です。

各業界での適用例と結果

裁量労働制が適用される業界の多くは、研究開発職の従事者が多いIT業界などが主です。

ただし裁量労働制は業種により、同じ業界・組織でも適用業務とそれ以外の業務に分かれる場合があります。例えばIT業種における、システムエンジニアは適用職種で、プログラマーは適用外であるといった区別です。

IT業界以外では、コンサルティング業界でも裁量労働制を導入するケースが多いです。ただし残業や深夜労働などの規定が事業者により異なるほか、役職の有無によっても適用の有無が分かれます。

いずれの業種・業界でも、適用対象の判断が難しい場合があり、実務上は複数の職務を兼任するケースも考えられます。自社で判断が付かない場合は、労働基準監督署に確認のうえ導入することが確実です。

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結論 – 裁量労働制の未来

結論 - 裁量労働制の未来
結論 – 裁量労働制の未来

労働生産性の向上と個人のワークライフバランスの尊重、労働人口の減少などの背景を踏まえ、裁量労働制が社会に果たせる役割があると期待されています。

最後に、裁量労働制の未来について、導入動向と展望および今後の可能性、社会全体にもたらす影響について解説します。

裁量労働制の導入動向と展望

今後、日本が働き方改革を進めるうえで、主に労働生産性の向上を目指している経済界から、裁量労働制のさらなる適用拡大への期待が高まっています。

導入による長時間労働や労務管理の煩雑化など、さまざまな懸念はあるものの、社会全体の労働人口が減少している現状では、労働生産性を高める施策の導入は緊急の課題です。

直近の労働基準法改正により、2024年4月から専門業務型裁量労働制の対象業務に、金融機関のM&A関連業務が追加されることが決まりました。また、専門業務型についても企画業務型と同様、対象労働者からの個別同意が必要となるなど、制度が多くの企業で導入される土壌が整備されつつあります。

企画業務型についても、今後は労使委員会に賃金と評価制度を説明すること、労使委員会は制度の実施状況の把握と運用改善を行うこと、労使委員会を6ヵ月以内に1回開催するなどの条項が加わりました。

かねてより国と日本経済団体連合会(経団連)が検討していた「課題解決型の開発提案業務」「裁量的にPDCAを回す業務」などの適用追加についても、引き続き議論されていく見込みです。

裁量労働制がもたらす可能性

多くの企業で裁量労働制が導入されることで、導入企業では個人の自己管理能力が向上し、全体的な労働生産性が向上すると考えられます。

自己裁量で仕事をする従業員が増えることで、企業内での働き方が多様化し、個人のワークライフバランスの改善が予想されます。労働時間と仕事のマネジメントに成功する従業員は、仕事と会社への満足度が向上するでしょう。

裁量労働制を始めとする複数の労働形態を導入し、従業員の個別労務管理に成功している企業は、高度な職務遂行能力を有した就職希望者から、選択される企業となることが予想されます。

社会全体への影響と期待

裁量労働制は将来、労働環境や社会全体にも大きな影響を与えることが予想されます。

2019年公布の「働き方改革関連法案」のみならず、社会全体で時間の規制を受けない働き方へのニーズが高まっている傾向です。少子高齢化が進む現代社会において、裁量労働制は育児や介護と両立できる働き方としても期待されています。

また、裁量労働制を始めとする、労働時間や業務遂行を自身で管理できる働き方は、ゆとり教育世代の価値観と親和性が高いと考えられることからも、導入企業は増えていく予想です。

さらにグローバル企業を中心に、裁量労働制先進国である欧米型のワークライフバランスが取り入れられ、日本国内で標準化されていく可能性もあります。

最新の労働基準法改正で、裁量労働制の適用拡大が決定しましたが、今後も適用対象拡大が検討されることもあり得ます。ただし企業が裁量労働制の適用範囲を拡大するためには、制度の不透明性を排除するために労使間の協議と同意を徹底することと、運用状況に合わせて規定の見直し・改定を行うことが必須です。

「裁量労働制」に関するよくある質問(FAQ)

よくある質問
よくある質問
裁量労働とみなし残業の違いは何ですか?

「裁量労働制」とは、労働者が自分の裁量で業務計画を立て、結果に責任を持つ制度です。労働時間ではなく、業務遂行に対する成果が評価の対象です。

一方の「みなし残業制」とは、所定外労働(通常の労働時間を超えた労働)に対して、あらかじめ固定の時間として残業代を支払う制度です。一定の時間以上働いたとみなすため、実際の労働時間とは無関係に残業代が支払われることが特徴です。

裁量労働制は勤務時間についてのみなし(所定時間の「勤務」をしたとみなす)であるのに対し、みなし残業制は、残業時間に対してのみなし(所定時間の「残業」をしたとみなす)である点が異なります。

裁量労働制では1日何時間働くのですか?

裁量労働制では、労働時間ではなく成果が評価されるため、1日の具体的な労働時間は定められていません。

ただし、過度な長時間労働を避けるためにガイドラインや制約が設けられています。業務の特性に合わせ、企業ごと、または職種・役職ごとに異なる規定を定めることが一般的です。

裁量労働制に適用されるとどのように自分の仕事が変わりますか?

裁量労働制が一般的な労働体系と異なる点は、自分で業務計画を立て、仕事の進行を管理するため、自己管理能力が求められるようになることです。

同時に、労働時間に縛られず、自分のペースで仕事を進められます。

また、労働時間ではなく成果が評価の対象となるため、結果を出すための戦略や方法を自身で考える必要が出てくる点でも、一般的な労働体系とは異なります。

裁量労働制を導入すべきかどうかの判断基準は何ですか?

企業が裁量労働制の導入を判断する際には、次の項目を基準にするのが適切です。

  • 労働者が自分で業務計画を立て、仕事の進行を自己管理できる能力があるか?
  • 業務内容が労働時間ではなく、成果によって評価できるものであるか?
  • 企業が労働時間管理や労働者の健康管理に対する体制を整えられるか?
  • 企業文化が自由で柔軟な働き方を受け入れることができるか?

上記を満たすことで、裁量労働制を導入し運用するうえで、労使間の齟齬やミスマッチを最小限に抑えることが可能です。

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まとめ

裁量労働制は適切に運用されれば、従業員の労総生産性を高めることが期待できる制度です。個人の裁量で労働時間を管理できれば、従業員のワークライフバランスの改善と仕事のモチベーション向上も望めます。

適切な制度運用に必要なことは、適用対象を正確に把握し的確な対象者にのみ適用すること、対象者の労務管理・健康管理を徹底することです。制度を導入する際には、運用において齟齬が発生しないよう、労使間の十分な協議と同意も必須です。

裁量労働制は新しい働き方において求められる指標のひとつです。今回の記事を参考に、自社での制度導入に必要なプロセスを確認し、最も生産性を高める方法での導入と運用をご検討ください。

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