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自分を絶えず成長させることがよいゲーム運営に直結=DeNA Games Tokyo・山口恭平氏<開発現場インサイト>

2020/06/25
自分を絶えず成長させることがよいゲーム運営に直結=DeNA Games Tokyo・山口恭平氏<開発現場インサイト>

DeNA Games Tokyo(DGT)の取締役・山口恭平氏に取材のための時間を割いていただいた。 多忙を極めていると拝察するが、にこやかな表情を崩さず、さまざまな質問に気さくに対応していただいた。 「人当たりのよい方」との第一印象だったが、温厚な言い回しを用いながらも「芯の強さ」を感じた。 責任感の強さ、厳しい自己評価、業界人に求める理想像など、極めて明確なビジョンをお持ちだということも分かった。 今後も長期にわたって日本のゲーム業界を牽引する人物の1人であり続けることは確実だ。
 
「この業界は、とにかくプレイヤーに提供する面白さの追求が「主」でなければなりません。 これが「従」になるようではだめです。それから、面白さに対して貪欲であり、 その上で能力における「トンガリ」があれば、なおよいですね。」
 

—山口様と言えば、三国志ロワイヤルのプロデューサーとしての業績が有名です。

山口:ありがとうございます。プロデューサーとしてゲームを立ち上げ、運営にも1年半ほど携わりました。
 

—現在は、DeNAグループの中でもゲームの運営に特化したDeNA Games Tokyoの取締役をされています。

山口:DeNAとして、ゲーム事業に力を入れる中で、運営組織をどう拡大しようかという話がありました。例えばDeNA Chinaのような海外支社と連携する方法やDeNA自身でトライするなどさまざまな手法が検討されましたが、結局は運営に特化した子会社を立ち上げ、組織を1から作っていこうという選択になったわけです。
 

—やはり幼い頃からゲームに関心があったのでしょうか?

山口:小学校のときからゲームは大好きでしたね。将来の夢として「ゲームクリエーターになりたい」と作文に書いた覚えがあります。ただ、中学と高校では部活で剣道に打ち込んで、ゲームからはちょっと離れてしまいました。
 

—ではどのような経緯でゲーム業界に入られたのでしょうか?

山口:大学では中国文学を専攻しまして、その後、上海にある復旦大学(注1)に1年間留学しました。在学中は研究者になって、教授を目指そうとも考えていましたが、周囲の状況を見ると、中国文学を専門にしていくのは大変だと改めて気づいたのです。そこで、公務員になるか一般企業に就職するか、といった選択に切り替えました。その後、私はDeNAの説明会に足を運び、率直に「面白そうな会社だな」と思いました。その際、現代表取締役会長の南場(注2)に「中国の展開はどうされますか」などと質問したことを覚えています。周りがみんな優秀だったので何で内定をもらえたかは分からないですが、ご縁があり入社することになりました。

DeNAに入社して2年後、ゲーム部門に異動になり、そこで三国志のゲームを作る話が出ました。入社前からやりたかった中国関連の仕事ですから、自分からやりたいと手を上げましたね。

考えてみれば、私が最初にハマったゲームがコーエーさんの「三國志VI」だったのです。親からもらったゲームだったのですが、本当に夢中になりました。

ゲームはもちろん、その後は三国志そのものにも夢中になりました。実は高校3年生のとき、大学受験前に先生と二者面談があったのですが、この段階では志望校を決めていませんでした。たまたま私の鞄の中に三国志の本が入っていたので、その場の勢いで「中国文学が勉強できる大学を目指します」と言って、進路を決めるきっかけにもなりました。

そして「三国志ロワイヤル」の仕事をやることになったときには、自分の人生もハマるべきところにハマったと思いました。三国志が自分の人生を導いてくれているかのようですから。

注1)北京市にある清華大学、北京大学と並んで、中国の名門大学。創立は清朝末期の1905年。中国で最も古い歴史を持つ大学のひとつでもある。
注2) 南場智子氏。マッキンゼーのパートナー(取締役)などを経て、1999年に株式会社ディー・エヌ・エーを設立し代表取締役社長に就任。現在は同社代表取締役会長。
 

—学生時代に海外での生活を経験したことは、山口様のものごとに対する見方に影響を与えていますか。

山口:はい。特に人との接し方に関して影響を受けました。例えば私が外国人に「剣道をやっていた」と話します。すると冗談交じりではありますが、「え、お前はサムライなのか」といった反応が返ってくるのです。ですので、「今の剣道はスポーツ化している」といった、日本文化のバックグラウンドを説明しないと、当然ながら理解してもらえません。こちらの事情を「分かってくれるだろう」程度に考えていたのでは、誤解されてしまいます。それから、人と接する際にはさまざまな可能性を思い描くようになりました。先入観を持たず、何でも起こりうると考えることにしています。

例えば、人との衝突は避けたいものですが、「もしも衝突してしまったら」と、最悪の場合も想定しておきます。逆に相手を信頼できると判断したら、とことん信頼しますね。また、「何か起こってしまった場合には自分の尻は自分で拭かねばならない」という考えも強まりました。
 

—困った事態になっても、とにかく自分で解決することを考えるということですね。これまで仕事をしてきて、苦しい状況に直面したこともありましたか。

山口:真っ先に思い出すのは、「三国志ロワイヤル」を作っているときのことです。まずはプロトタイプ版から作り始めて、いろいろな段階を経てβ版が完成しました。ここでようやく、プレイヤーに提供できるかどうか、社内でゲームのできをチェックするのです。これのチェックが通れば、世に出せるという段階ですね。ところが、「面白くない。これでは世に出すことはできない」と判断されてしまいました。「遊んだ人がどのような感想を持つか」「どのぐらいの時間で遊ぶか」などすべてが、私の計算通りにでき上がっていたのですが、とにかく「ダメ出し」をされてしまいました。

猛烈に悔しかったので、そこで私もその場で「1週間で作り変えてきます」と言ってしまったのですね。しかも、自分自身で期限まで切ってしまった。

ここからはまさに「自分の尻は自分で拭く」事態です。約束は守らねばなりません。それこそ必死になって取り組みました。肉体的にも大変でしたが、精神的には、まさに「無」でした。そのときは辛いと考える余裕すらありませんでしたね。
 

—逆に、仕事で嬉しかったことはありますか。

山口:強く思い出に残っていることとしては、提供したゲームを多くのプレイヤーに面白いと言ってもらえるときは嬉しいですね。「三国志ロワイヤル」に限らず、ゲームや企画を世に出して「面白い」と言っていただけたときには、やっぱり気持ちいいですね。

ただ、実際にはご指摘をいただくことがほとんどです。業界的にもおそらくプレイヤーから「もっとこうしてほしい」などのご指摘をいただくことが多いのではないでしょうか。
 

—ずいぶん厳しいですね。

山口:それは真摯に受け止めるしかありません。考えてみれば、ご指摘をいただくのは、ゲームに対する期待が高い証拠でもあると考えています。例えば、高級レストランに行ったとします。最初に行ったときにはサービスに満足していても、毎回同じサービスだったら、やはり飽きてきたり不満が出たりするのではないでしょうか。同じものを提供し続けたのでは、満足してもらえなくなるわけですね。 お客さま側の期待値はどんどん上がるのが当たり前と考えねばなりません。

ゲームに話を戻せば、業界全体に対して求めるレベルが上がっています。どんどん面白くなって当たり前なのです。プレイヤーの期待を超えないことには、面白いと評価されません。

それだけに、高く評価されると「やった!」となりますね。ゲームを作る側としての嬉しさもひとしおというわけです。
 

―ゲーム業界の取り組む姿勢に変化はありますか。

山口:まず、モバイルゲーム業界では、KPIを設定し数字を分析して改善点を導き出すのが一般的でした。ただ、最近では何が面白いのか、どういう面白さを提供するべきなのか、ということを、これまで以上に重視するようになっていると思います。

実はこの考え方は、コンシューマゲームでは一般的だったようです。コンシューマゲームの場合、いったん発売してしまったら改善できませんので、そのゲームの「面白さ」について徹底して考えることが大切でした。

つまり、コンシューマゲームの考え方である「面白さの徹底的考察」と、モバイルゲームの考え方である「世に出してから分析し続ける手法」、この2つが今のモバイルゲームの主流なんだと思います。当然ながらゲームにとって、「面白さ」が大事なのは当たり前なんですけどね。
 

—「面白さ」を見つけるセオリーはあるのですか。

山口:何も情報がない場合には、まず、誰がそのゲームで遊ぶのかを具体的に考えます。例えば、30代半ばの既婚男性が移動や仕事の休憩の合間にプレイすると想定します。そして、彼らが今まで、何のゲームをして遊んでいたかと考えます。「ポケモンではないだろう。ドラクエかもしれない」あるいは「アーケードゲームで遊んでいたのだろうか」と思いを巡らします。つまり、想定するプレイヤーにとっての「面白さの原体験」は何だったのかと考えてみるわけです。昔、面白いと思ったことの影響は現在もあるだろうという考えですね。

「三国志ロワイヤル」を作ったときは、子どものころにコーエーさんの「三國志IV」に夢中になって遊んだ経験のある人を想定しました。

実は、このことは先ほどお話した、β版を作った際の失敗にも直接関係しています。最初は簡単にサクサク進められて、だんだん強くなるようなゲームを設計していたのです。

ところがチェックの際、「『三國志IV』が好きな人は、こんなに簡単なの好きだったっけ?」という話になり、「アウト」の判定を受けてしまった、というわけです。

そこで、すべてのパラメーターを調整して、ずっと難しくしました。チュートリアルが終わった直後でも、「いい加減にやると、すぐにゲームオーバーになる」といったレベルにしました。

調整後、社内でOKをもらうことができ、公開することができました。このとき学んだのは、ターゲットとする人が何を面白いと感じているのか、徹底的に探って実現する必要がある、ということです。ちなみに運営タイトルにおいては、「誰が」が「今遊んでくださっているプレイヤー」になるわけです。

難易度だけでなく、遊んでいただく時間も重要です。先ほど挙げた例ですが、移動や仕事の休憩の合間にプレイすると想定するなら、連続して遊ぶ最大時間は10分ぐらいでしょう。ということは、どんなに難しいゲームであっても、失敗や成功の体験を10分間で出現させなければなりません。
 

—ゲームづくりに携わっている人の中でも、気質の違いはありますか。

山口:ゲームを作りたいと業界に入った人でも、例えばプロデューサーとディレクターでは気質が明確に違います。「面白いゲームを作ろう」が出発点になるのは、どちらも同じですが、プロデューサーにとっては、世に出したゲームを売るというのがメインミッションになります。そのためゲーム業界内はもちろん、世の中全体に目を配っています。市場観が大切になりますし、チームを引っ張る力も必要です。

ディレクターは、面白いゲームを作って世の中に出すというのがメインミッションになります。何が面白いと思ってもらえるのかといった感性や、具体的に作り上げる力が必要になります。

また、葛飾北斎に「赤富士」で有名な「凱風快晴」という作品がありますよね。どこかで聞いたのですが、最初は白みの青の色らしいです。ところが、作品を扱う商人が「赤にした方が受ける」と判断して、赤くしたらしいですね。結果論ではあると思いますが、私は「赤がよい」判断した人は素晴らしいプロデューサーだったと思います。
 

—山口様は自分自身を、どちらの気質と考えていますか。また自分の気質に関連して、注意していることはありますか。

山口:私自身は、プロデューサーの気質がやや強いと思っています。ですので、チームを率いるときには、とにかく力のあるディレクターをアサインするよう心掛けていました。ディレクターの気質が強い人は、細かいところまでよく見るという特徴もあります。だから、仕事を進める場合、ディレクターとしっかりコミュニケーションを取ることが有効と考えました。プレイヤーの想定や作品観、アップデートをどうするかなどすべてを含めてです。

ときには喧嘩に近い状態で議論を戦わせることもあります。こちらの求めに対して、「そんな短時間にはとてもできない」などと言われることもありました。しかし、プロデューサーの立場からは、どうしてもやってほしい場合もあるわけです。

最終的にゲームに関するすべての責任はプロデューサーが背負います。しかし、ディレクターの意見は十分に尊重する。これが私のやり方ですね。
 

—責任者である自分とは異なる考えでも尊重するとは、どういうことなのでしょう。

山口:私は、「自分だけが正義ではない」「自分は天才ではない」と、自分自身に常に言い聞かせてきました。自分が「こうだ」と信じていることでも、それ以外は間違っていると決めつけることはしません。「自分の考え以外にも、可能性はある」と思っています。
 

—「自分は天才でないと気づいた」とのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

山口:一番大きかったのは就職活動のときですね。私にとって就職活動は、外の世界を初めて見る経験でもありました。選考の最中には、なんらかの分野で日本一になった経験があるという学生が結構いるのです。そのとき、「自分は日本一にも世界一にもなったことがない」と改めて気づきました。もともと自分が天才と思っていたわけではありませんが、「自分より上の人はそこら中にいる」と痛感しました。

そのことから、自分だけで何でも決めようとしたら、よいことはないと思うようになりました。世の中にはどんな分野でも優秀な人が必ずいます。だったら、自分だけで何でも決めようとはせず、優秀な人に教えてもらった方がよい場合も多いというのが結論でした。
 

—山口様は、若くして取締役になったことも注目されました。何が評価されたとお考えですか。

山口:「勝つまでやる、逃げない」ということでしょうか。結果が出るまではしっかりやる、ということを認めていただけたのかもしれません。
 

—逆に、取締役になったがゆえに、できなくなってしまったこともあるのでしょうか。

山口:そうですね。プロデュースしたいゲームがあっても、人に任せねばならないことでしょうか。残念と言えば残念な思いをすることはあります。
 

—取締役、あるいは先輩プロデューサーの目から見て、任せたプロジェクトがうまく進んでいないことに不満を感じることはありませんか。

山口:問題を感じることが皆無と言えば、うそになります。ただ、プロジェクトを任せた責任は私にあることをまず考えねばならない。だから、強引に指示を出すことは控えています。むしろ、相手の相談に応じることを心掛けています。任せた相手にとって、問題点や相談事を話せ、いい反応や回答、新しい気づきを返せる「壁」のような存在になることが大切だと思います。DGTではこのような議論の仕方を「壁打ち」と呼んでいます。
 

—DGTとして、どのような人材が欲しいとお考えですか。

山口:キャッチアップ力の高さや改善する能力を求めています。それに加えてゲームが好きであればあるほどよいですね。ゲームを提供している側として、プレイヤーの反応には即座に対応しなければなりません。別のゲームのチームに異動する場合や、同じゲーム内でも仕事が変更になる場合もあります。だからキャッチアップ力の高さと改善する能力は重要なファクターです。

プレイヤーに対して「新しく担当になったので不慣れな面もありまして」という内部事情は言い訳になりません。
 

—ゲーム業界を目指す人が、実際に業界に入るまでにやっておくべきことは何なのでしょう。

山口:自分がこれまで知らなかった、エンターテインメントの世界を知っておいてほしいと思います。それも、自分自身にとってハードルが高いと感じられる分野がよいですね。私自身は昔から皮膚が弱く、体育祭で日焼けをすればそれが火傷になってしまうような体質です。選んだ部活も剣道ですし、大学に入ってからも図書館と学生食堂、ジムの3か所を行ったり来たりしていたインドアな学生時代でした。もちろん野外フェスにも行ったことはありません。だからこそ行ってみようと思い、今年行ってきました。それから、寄席にも行ってみたいですね。

新たに知ろうと考えて行動することが大切です。とにかく、この業界に入るなら、世の中にある面白さを知りたいという気持ちが大切です。

逆に、自分になじみのない「面白いこと」に近づくことが苦になるようでは、プレイヤーに面白いものを届けたいという情熱が不足しているように思います。「自分の世界」にだけ引きこもって満足しているのでは、率直に言ってこの業界には合っていないと思います。
 

—御社は中途採用をする場合、ゲーム業界出身かどうかは重視していないとお聞きしました。

山口:その通りです。今、DGTでは元銀行員などのゲーム業界に全く関係ない業界から来たメンバーが活躍していますが、ゲームを通して世の中に面白さを提供したいという思いを、どうしてもあきらめられなくて応募してきた方でした。この業界は、とにかくプレイヤーに提供する面白さの追求が「主」でなければなりません。これが「従」になるようではだめです。それから、面白さに対して貪欲であり、その上で能力における「トンガリ」があれば、なおよいですね。

いろいろな分野の能力を点数化して多角形の図形で示す方法があります。それを思い浮かべていただければ分かりやすいと思いますが、各分野の能力が全部5の人しかいなかったら、どの分野でも5以上の成果は得られないでしょう。しかし何か1つの分野だけでもとんがった「10」の能力を持っていたら、話は違ってきます。

Aという分野で10の能力を持つ人と、Bという分野で10の能力を持つ人が組んで仕事をすれば、チームとしてAの分野でもBの分野でも10の能力を発揮できることになります。だから、何かの分野でトンガリのある能力を持てば、そのことが当人にとって重要な財産であると思います。
 

—最後にゲーム業界を目指される方にメッセージをお願いいたします。

山口:遊んでくださっているプレイヤーの数も売上規模も大きいゲーム運営において、自らが主体となって提供する「面白さ」を考え抜き、実際にプレイヤーからフィードバックをもらい、改善する。ゲーム運営の現場は、このような体験をできる稀な環境だと思います。自分を絶えず成長させることがよいゲーム運営をすることに直結します。もし、このような仕事を楽しそうだな、と思ったら、DGTの門を叩いてみてください。歓迎します!

 



DeNA Games Tokyo
取締役 山口 恭平(やまぐち きょうへい)
2012年、DeNA入社。2013年に『三国志ロワイヤル』をプロデュースし、その後運営に従事。 シニアプロデューサーを経たのち、2015年からDeNA Games Tokyo立ち上げに伴い、タイトル運営組織/事業の責任者を務める。 企画部部長を経た後、2017年DeNA Games Tokyo取締役に就任。